バード・ウォチング NO38 皆で花火大会

H30.8.31 理事 村瀬

暑い日でした。午後から希望者が9名集まって、ヘルパーデビューの二人と合わせて14名で行ってきました。

  • 気持ちを盛り上げて

 45Lのビニール袋に絵を描いてマイシートづくり。楽しい絵がいっぱい、花火を期待してカラフルな大きな花火も。形が取れず絵が苦手な方も「ボクの印はマルがいい」と団子のような丸印をカラフルに塗り込んで「まんじゅう!」と傑作ができ、早速写真に収めて。十八番のトラックや魚を描かれる方も丁寧な塗り込みの完成品。帰りにはお土産になりました。

 「ドンーと鳴った花火はキレイだな」に倣って風船飛ばし。ふくらますのは大変、でも真剣な力の入れよう、それでも難しい。指でしっかり押さえて合図に合わせて「そーれー!」、ピーと笛の鳴る風船は滞空時間も長く思い出のお土産、「私の赤は?」と入り混じった風船から自分のものを見つけ出していました。

  • 飲んで、食べて、お裾分けに取り替えっこも

 まずスーパーへ。夜店は並び切れないので予め夕飯、飲み物をお小遣いで買うことに。前日から「ビール、いいの?」と外で飲むビールを期待しているAさん、真っ先にビールコーナーへ。それを見てBさん、「ビール、買う!」と仲間の姿に魅かれたのでしょう。ノンアルを勧めて「口が沁みるね」と苦そうな顔つき、頑張って半分ほど、「あげる」と渡してきました。

 カツ弁、「食べたい?」と一切れお裾分けを頂いたところで、「好きなの?」とお稲荷さんが欲しい感触、そこで取り替えっこになったり。開放感の場は、やり取りも多彩になってきます。

  • 花火のカウントダウンが始まる

 あれ?始まらない?!「元気に、もう一度、アンコール・カウント」で周りの方々と唱和するように大きな声。地元の小さな大会とはいえ、大空に花開く迫力は「オー!オー!!と歓声の連続。「60歳で、初めて」と感激な面持ちの方。キョロキョロしていても、音と伴に火花が弾けるとすぐさま拍手をする方。

 すごい人出の中、混雑を避けて終わる前に予約のタクシーで帰路につきました。タクシーから見える花火、青い鳥について垣間見える花火、大満足の余韻の残る帰路でした。翌日の出会いの第一声が「花火、すごかったね!」と笑顔をいただきました。

  • 暑かった、「夏の花火大会だもの、暑いよ」そうだよね

 途中、キャンディが運ばれて1本、2本、そして「余ってるよ」で3本目に手を出す方、いいよね。地元ならではの知り合いの方に出会ったり、非番の職員に出会ったり、思わぬ彩もありました。目印の光るブレスレッド、加えて「奥の出店」で買ったキラキラハートのネックレス、いつもと違う思い出のお土産も増えました。きっと、うまく表現できないだけに、お土産が大事になるのでしょうね。楽しかったことは伝えたいものね。

 暑くて夜涼みにはならなかったけど、帰って、シャワーを浴びて、冷たい麦茶をいただいて、花火の余韻に浸りながら・・・、オヤスミナサイ。

バードウォッチング NO37 私の実践―受け止めることから始めて

H.30.8.1  上田主任 初村 啓義

○環境調整の一手を経て

 Tさんは数年前より情緒的な不安定さが見られるようになり、昨年度より小グループで活動をする作業所へ移りました。少人数で刺激も少なく、とても落ち着いた環境ですが、周囲のちょっとした会話や視線に誘発されて大声で反発したり、イレギュラーな人の存在やちょっとした物音までもが彼にとっては刺激となり、手が出たり、足が出たり、グズグズ切り替われなかったり・・・、不安の背景が気になりました。

 そこで行ってきたのが個別対応。初めのころは食事をしている時間以外はほとんど外へ出ている、そんな状況でしたが、徐々に皆と過ごせる時間も増え、現在では誕生会や創作活動など、だいぶ仲間と折り合って穏やかに参加できるようになりました。

○甘えや我がままも受け止めながら

 いつもの公園清掃、真夏のこの日、私は伸び放題の笹の葉や雑草、落ち葉と格闘するように忙しく作業をしていましたが、Tさんは頻繁に「お腹痛い・・・、頭痛い・・・。」と私を呼びアピールします。普段通り「痛いの痛いの、飛んでいけ!」と対応し、額に汗が垂れてくれば「汗、あせ・・・。」と呼ばれ「汗拭こうね。」と自分のハンカチでないとダメなので、彼のポケットからいつものハンカチで汗を拭きます。蚊が近づけば「かゆい、かゆい~!!!」と呼ばれ「か~い・かい・かい♪」と怪物君の歌に合わせ掻いてあげる、これでニコッと切り替われる。といった感じで、甘えやらアピールやら、子供っぽさを出して来るようになってきたところです。暑い中の作業、何とかこの日も彼の出す要求に応えながら無事終えることが出来ました。

○甘えられる関係から安心を得る

 彼のこの一年を振り返ると、小柄で幼さがあるとはいえ30代の青年がオンブ、ダッコを求めてきたり、私への甘えがはっきり出てきた。甘えられる人、受けてくれる人として『人』の意味が実感できたようです。私たちが大事にしてきたことはまさにそこで、人との関りの中から安心感を注ぎ込むことでした。紆余曲折ありながらでしたが、「あなたが大事」を軸にした手応えです。

 「私がいるから大丈夫!」とドッシリ受け止める、そんな心持ちで彼と関わっています。とはいえ私も未熟なので、そこには忍耐力も問われますし、支援者としての度量が試されていると自戒しながらの日々でした。

○不安の背景について

 この甘えの強さはなぜ?と思いつつも、私への依存をテコに折り合う姿が導き出されたところです。人に支えられて人との出会いの安心感を得てきたのでしょう。今までこの点に行き違いがあったのかも知れません。祖父が亡くなったことを受け止められなかったり、移動があったり、本人にとって思わぬ形で人的環境が変わってきた現実もあり、納得づくの暮らしの大切さ、デリケートな心情や知的障害の生きづらさの根っこも感じたところです。

 障害により分からなさから不安や緊張を抱える生活になる。その分、肌理の細かな配慮ができたらと改めて思う。

バード・ウォチング NO36 こんな7月パーティでした

H30.7.24 事理 村瀬

  • 麦茶をいただいて、カルピスもお代わりをして…

 2度目の企画プロ、10名参加、4人ヘルパーで10:00には顔合わせ、まず冷たい麦茶をいただいて、今日作るものを話題にイメージづくりをしながらお仲間を紹介。10:30送迎グループで食材買い出し、ゲーム買い出しへ。車での買い物とはいえ、この暑さ、カルピス類のお代わりもいただいて、11:30ホットプレート料理の始まりです。

 

  • “作る食べる”は こんな進み具合です

 できることは自分で、難しいなぁと感じていることは気持ちよく応援して、作って食べる体験パーティでした。求めすぎず、手をかけすぎず、丁度の加減を推し測って、「ボクにもできる料理」企画です。プレートの手前が自分のエリア、載せて、並べて、ひっくり返して、醤油をつけて…、結構このくらいは皆さんやり慣れている感じで上手なもの、仲間と一緒の雰囲気がいい張り合いになって、いつもよりやる気になっている風に感じました。

 厚揚げやはんぺんにフォークで穴を開け、火が通りやすく、醤油が沁みやすくして、フライ返しのひっくり返しも上手なもの。目玉焼きの卵割りもお椀の縁でコツコツとヒビを入れて黄身を割らずに・・・。心配していたのですが「できたよ!」の声、「もう一つ割ってあげた」とヘルパー分の手伝いも。

おにぎりづくりは6月プロでもやったこと。ラップを使うことで形が整いました。具が出てしまい、ご飯を加えていつの間にか思った以上の大きいおにぎりもご愛嬌でした。醤油もいい香りがしてくるから気持ちが乗って丁寧に、香りの手ごたえは真剣さを生み出します。

 

  • ゲームは予定変更で、おやつの“作って食べる”になりました

 作って食べる体験は面白がっているうちに時間が過ぎて、急きょ変更に・・・。片づけ、休憩の合間に変装「私は誰でしょう?」のさわりを。5面5人、自分で鏡を見てちょっと気に入っているようです。片づけヘルパーにお面顔で出向いたり、なんとなく性に合うお面があるようで、みんなが驚いたり、笑ったり、はしゃいだり、そんな風に見られている自分にも意外と満足げでした。

 さて、かき氷、お皿にチョッと盛りでお代わりして、自分の分は自分でするのが自然で、やってくれるのを待つ姿がない。いい感じです。スイカ割りもいつ自分の番かと待っている様子で、またヘルパーにもやって欲しいとのリクエストが出て、みんなでやることの楽しさを味わっていました。

 

  • さて、8月パーティは夕涼み

 日程が決まったらご案内します。昼過ぎから夕刻までになりますから、参加しづらい方もいると思います。何はともあれ、夏ならではの夕涼みになります。どうぞ、お楽しみに!!

バード・ウォッチング NO35 Aさんのおまじない

H30.6.15 理事村瀬

  • ボクも行きたかったのに・・・

 二人の仲間と車で買い物に行くことになった。すでに駐車場に移動しているところで、担当が息を切らせて「Aさんも連れて行ってもらえないか?」とのこと。姿が見えなくなったら、どうしても行きたくなってしまった由。Aさんは承知していたのだが、その場に臨んで「ボクも」との気持ちが高じてしまったようだ。

 

  • どんなふうに迎え入れるか?

 きっと「行きたかったのに…」と怒れてしまったり、悔しがったり、悲しかったりで気持ちが落ち着かないのであろうと推察した。そこでウエルカム体制で待つことに、車外で手を振って「待っていたよ」のメッセージを送ることにした。

  案の定、怒っているような無表情の顔つきで、後部ドアを開けると助手席がいいと「アアー!」とぶっきらぼうに要求。座るなり体育座りの様に膝を上げブスッとしている。スーパーについて、降りられないかもと思いながらドアを開けるとすんなり降りて、「朝日新聞なし、東京新聞なし、読売新聞ある」と繰り返す。何のことやらと思いながら遅ればせながらオーム返しをしていくと、そういえば前にも聞いたことがあるなと思い出しているうちに、すっきり気持ちが切り替わった。

  • 手に入れたおまじない

 あたかも自分のおまじないで気持ちを立て直していたのだ。きっと、この言葉がおまじない効果を得るまで紆余曲折があったことであろう。ようやく手に入れたおまじない、この言葉を口にすると何とか気持ちが落ち着く、そんな手ごたえを得られているのだろう。社会的に意味のない言葉であろうが、不合理なことであろうが、このおまじないこそが自からを律する手立てになっているのだろう。

 周りから、こだわり、決め付け、暗号、「またかぁ」等々、時に蔑み的に見られようが気持ちを立て直すかけがえのないフレーズになっている。時に独り言的に、時に意味不明語として、時に素敵なおまじないとして口から出て、自分の気持ちを抑制してくれる自律心を支える言葉になっている。こんなおまじないを使いこなす暮らし方は、一つの大人の姿に映ってきた。大人のAさんの姿をまた発見した思いである。

  • やり取りということ

 人との出会いや関わり方は、一方的に自分の思いだけで関わっていることは少ない。相手の人柄、その折々の心情を察して、こちらの気持ちを整え、受け入れたり、励ましたり、淡々と接したり、時には端的に踏み込んだりする。さらにリアクションを受けてまた工夫を重ねる。その折の姿勢は関係の在り方に左右される。仲間として、上の立場として、また励ます関係なのか、対立する関係なのか、等いろいろ変わってくる。

 さて、私たちは支援の場で出会っている。支援の根幹は相手の主体を発揮する土壌づくりと心得ている。

 後日談、「お昼休み、散歩に行こうか?」「ありません」と断られましたが、「朝日新聞・・・」は健在で、決め台詞を言ってニコッとしておりました。

バード・ウォチング NO34 GH企画プロ・こんな休日でした

H30.6.12  理事 村瀬

法人としてガイヘル事業に乗り出す土壌ができた。ヘルパー養成研修が動きだし、さらにGH利用者の土日休日の企画プロを開発して仲間との暮らしの楽しさ豊かさを味わえるようにと願っている。

  • ガイヘルを活用すると・・・

 6月企画プロは、7人の参加者を得て3人のヘルパーで運営した。9:30頃から各自の迎えをはじめ、3:00頃に送りが終了する5~6時間ほどのガイヘル利用であった。

日野市では月30時間の利用が認められているから、今後は月4日位、仲間との暮らしに使い、そのほかに個々の用向きに使う生活になったら暮らしやすさが増すと思う。

  • “自律心に出会う” 

 分担して食材やゲーム関連の買い出し、3人で行く予定がもう一人「行きたい」とのこと。置いて行かれそうでちょっと怒っていましたが、スーパーに着くと「朝日新聞なし、東京新聞なし、読売新聞ある」と繰り返す。何のことやらと思いながらオーム返しをする中で、気持ちがすっきり切り替わって店内に。自分のおまじないで気持ちを立て直していた。こんな自律心に出会ってAさんの大人の姿をまた発見した思いである。

  • 私作る人、私食べる人

 普段は勢い母親任せになることが多いのだろうが、企画プロは「自分らしく参加する」がテーマ。ピクニックのシートもビニール袋に自分の印を描いて、おにぎりも鮭、昆布、梅3個作り、具を詰めて、のりを巻き、ラップで包んで、食べる頃合いには結構落ち着いて食べやすい形になっている。ゆで卵をむいて、バイキングよろしくウインナー、ミニトマト、ブドウなどもタッパーに詰め込んで、包んで手提げに入れて出発。

 おみくじおやつでは、桜の木のおみくじをほどいて、当たりおやつをいただくのだが、3~5個のセットもの、当人が2つ取り、残りは仲間におすそ分け。《いただいて、分けて》そんなやり取りが自然にできる仕組みのおやつでした。

  • 初物でぜいたくに

 1,000円会費で少し予算オーバーになったものの、木陰で初めてのスイカわり、小玉スイカ一つでしたが・・・。1回で割れないようにスポンジの木刀で「えい、やー!」、けっこう当たるが大丈夫、みんなで2回ずつ、そして切り分けて、お代わりをして、みずみずしい初スイカをほおばってきました。

  • もう一工夫、もうひと踏ん張り 軌道に乗せて

 おにぎり作り、ピクニックでたちまちの5時間であった。帰り際「来月もやるの?」と楽しさの余韻が残っていることをコトバにしてくれる方が何人も。運営側の課題はいろいろ。ヘルパー養成に力を入れて。「また来たい」余韻の残るプロ展開の工夫を。それぞれの過ごし方に応える企画プロのコース作りも。

バード・ウォチング No33 障害者の笑顔に主体性を読み取る

H30.6.11 日野青い鳥福祉会 村瀬精二

 

 5月20日朝日新聞、山口さんの「温かい言葉をもらって娘が笑った」の投稿に、障害者の自己表現の奥行きを感じさせられた。肢体不自由で知的障害の高校3年生の娘さんが送迎バスの添乗員の優しい言葉を受けて「ニコッ」と笑った。その笑顔に娘さんの「精いっぱいのお礼」の気持ちを感じた、というものでした。

 食事も一人では食べられない、また話せない障害の重さを抱え、こんな程度しかできないと嘆いているわけではない。いい添乗員に出会い大事にされて感性豊かに育っていると、受動的な姿に満足している話でもない。優しく声かけられて、精いっぱいのお礼をする主体的な生き方に着目しているのだ。

行動に着目したら、声かけられて「ニコッ」とするだけと映るかもしれない。しかし、気持ちに着目したら彼女の主体的な生き方が浮き彫りにされるではないか。「いつもありがとう」「私の気持ちを受け止めて」そんな風に笑顔を解釈したのだ。関わる者がどのようなスタンスに立つか、どのような人間関係を持つかによって、そこにある生き方が変わってくる。小さな振る舞いも新たな意味を持って人間関係を動かす力になるのだ。

行動に価値があるのではなく、「精いっぱいのお礼」と社会的な意味を感じ取ったところに育ちの土壌がある、と感じた。

バード・ウォチング No32 「世の光」に通じる出会い

H30.5.9 日野青い鳥福祉会 村瀬

  • エピソードの語るもの

 新年度の家族会に当たって、それぞれの職員がエピソードを綴ってくれた。短いエピソードであっても、それぞれ心に残った一場面を切り取って伝えてきたものである。職員の感性にうれしくもあり、解釈を広げる中でこの歩みは必ずや素敵な大人の姿を具現化するであろうと感じた。

  また一つの出来事をどのように見るか‐行動に着目すると本人の問題と解釈しがち。心情に気付くと私との関係の在り方と解釈できる‐この基本的なスタンスの大事さも感じたことである。それは本人にとってどう見られているか‐周りから肯定的に見られることで自己肯定感が育まれる。逆に否定的に扱われることが自己否定感の深刻な契機になる。この点が強く感じられたエピソードでもある。

  • エピソード:「パン販売を通じて」(太田)

  木曜日は上田でのパン販売の日-初めて来店される親子のお客さん。Aさんにパンの袋詰めをお願いしたところ、少しの間合いがあって「うん」と頷いて、左手にパン袋を持ち右手に渡したパンをひとつずつ袋に入れて、入ったのを確かめるように丁寧に。そしてポイントカードのスタンプもスタンプの持ち方を直してあげて「ここですよ」と指差して、軽く手を添えて押してくれました。

  こんな素振りを見ていたお客さんの女の子からバイバイと手を振られるとAさんも嬉しそうにバイバイと。きっと女の子は、Aさんが応援されて、できることを一生懸命している姿に「すごいなぁ」と感じたからこそのバイバイなのだろうと率直に感じました。

  • 解釈 エピソードから広がる視点

  子どもたちは大人への憧れを持って生きている。1)身体の大きさや強さ、2)できる能力、そして3)一生懸命に頑張る姿への憧れであろう。一方、私たち支援職には、「この子らを世の光に」との命題がある。

  このエピソードは、障害の重さにめげずに、支えられながら努力する姿が心動かすものを生み出す、と語っている。女の子の「バイバイ」の奥にある思いをどう受け止めるか。エピソードでは表現されていないが「バイバイ」に感じるものがあって綴られたものである。この女の子は幼いなりに、この人は大人なのに私ができそうなこともできない。なぜ?それに教えられても下手だけど、一生懸命にやっている。なんか魅せられてしまう。こんなやり方も“一生懸命”っていうんだ、と感じたことだろう。

  これは受けとめ側の人生の歩みによって培われるものと言える。恵まれた歩みが感性を磨くのではない。逆に苦労した人生が感性を磨くとも言い切れない。周りの誰にも、父にも母にも山谷がありながら、めげずに《あなたが大事》を注ぎ込み育ててくれた、この生い立ちが自分の感性を左右するものだろう。この点で、担当職員は育ててくれた家族や周りの方々に感謝の気持ちを持っているからこそなのだろう。

  • エピソードをつづる土壌が「世の光」だ

  私たちは育てられて今がある。私たちは今支援する側に居る。そして、Aさんを介して、女の子に、できないけど頑張っている姿を見せた。女の子にとって心動かされる経験なのだ。Aさんの生き方は「世の光」になっている。こんな風に感じさせられたエピソードである。