バード・ウォッチングNO.59 グループホーム企画プロ “お弁当を買って春のドライブ”

グループホーム青い鳥 所長 井上

今回の活動は飛び石連休で、日中活動事業所のお休みをフォローする意図で外出プログラムを設定しました。令和2年度は3回そのような機会がありますが、親亡き後の休日の過ごしを考える上で、今後に向けての良い実績になったプログラムでした。利用者14名、職員7名の参加者も勇気づけられる人数でした。

  • 和やかなスタート

 富士山が見通せる風のない外出日和になりました。事前に打ち合わせていた通り、コンビニで思い思いのお昼御飯とドリンクを購入します。商品棚の前で何を買うかあれこれと悩むのも外出のお楽しみの一つでしょうか。お金をレジで渡しお釣りをもらいます。忘れてはいけないレシートもしっかりいただいて、職員に渡してくれました。片倉つどいの森公園まで20分くらいのドライブです。いつもの送迎車内とは違いドライブ気分がおのずとにじみ出て、演出のCDもラジオも重なり和やかなスタートです。

  •  春の開放感に浸って

 到着して公園に入るとかなりの賑わいでした。凧揚げをする人、BBQをする人、テントを持ち込んでいる人…。そんな中、持ってきた敷物で自分たちの居場所を作ります。会のメンバーが到着するのに時間差があるので散歩をするグループとバドミントンをするグループに分かれ、一足先に春の空気を満喫しました。散歩に行ったメンバーの中に、前日「行きたくない!」と言って頑なになってしまった方がいましたが、「少し寒いけど気持ちいいね」と言いながら、体を動かし楽しさを表現していました。休日後の通院を気にされていたのか、はたまた別の事が気になり目の前のことの対処ができなくなったのかもしれません。到着後すぐ発散でき笑顔で過ごされ、気持ちの引っ掛かりが薄くなっていったことにこのプログラムの効果を感じました。

 

  • 嬉しい誤算に出会って

 今回参加したメンバーの中にはグループのプログラムに参加できるかどうかと考えていた方もいました。車の乗降の事、買い物での様子、公園内に入れるかどうかと予測して、グルーピングの際はマンツーマンシフトを組み、何かあればすぐに個別の動きに変更できる工夫をしていました。予測に反して、他のメンバーが買い物をしているコンビニでは皆と一緒にカツ丼とカルピスを選び、公園では車を降りて少し歩き、いろいろな刺激のある中で職員と共に御飯を完食できました。日々の関わりが実を結びご本人の刺激に対する対応力がアップしていたことを実感し、職員の『出来ないだろう』という思い込みを一蹴してくれた嬉しい誤算でした。

 

  • 春の風が芽生えさせたもの

 グループホームの職員は体制上一人で仕事をすることが多く、また、他のユニットとの交流が日中活動よりも少ないことが挙げられます。今回のようなプログラムを組むことで、普段関われないメンバーとの出会いを持て、自分以外の職員の対応を目の前にすることができ、自分の支援の振り返りや仲間の苦労まで知ることができました。休日の充実した過ごしだけでなく、そんな副産物も得ることができました。次は『親子プログラムに発展させようか!?』との発言も出て、職員の『試しにやってみたら』の土壌を耕すきっかけを生んでくれました。

バード・ウォッチングNO.58 生地の出会いだからこそ

R2.2.3 上田主任 初村啓義

Aさんの現況から、この仕事のやりがいに類することを折々にまとめる機会を得てきました。難しさと共に自分の至らなさを感じながら、障害を持つ彼に育てられている自分を改めて感じます。

  • 二人の穏やかな過ごし

 この日の午前中はAさんと二人での公園清掃、落ち葉掃きを手伝ってもらう。仲間の刺激がないこともあり、自分だけを見てもらえる安心感からぐずり的なアピールも少なく、補助的な押さえや、運んでもらったりの作業もよく取り組めました。お茶の時間の吐く癖も心なしか少ないように・・・。
 作業所へ戻り、いつもの仲間と合流しての昼食は危なっかしさを抱えながらですが、午前中の穏やかさが残っているようで強いイライラにならずに終えることが出来ました。

  • 悪い循環に差しかかってしまったが・・・

 午後は仲間を交えてポスティング。仲間の言葉に反応する形で作業中からイライラが見られました。帰りの車中、Aさんの怒りが爆発。同乗のBさんがいつも以上に多弁で、Aさんのいら立ちが募ってきていることが感じられました。なんとか場の切り替えを図ろうとするものの、私の思いがBさんには届かず、ヤキモキしておりました。
その場でBさんに今のAさんの状況を話せば分かってくれる方なのですが、その話はAさんの怒りを誘引するだろうと思い、躊躇しました。そうこうしているうちに「〇〇しちゃダメよ」とAさんのNGワードを口にしてしまい、心配が現実に。Bさんもさすがにここに至って複雑な表情で押し黙って・・・。運転しながらの「Aさんの嫌いな言葉なんだよ」にBさんも承知していて「つい言っちゃいました…」と。Aさん自身は大声を上げたことで「ノドが痛い」と訴えてきて、取りなしてもらいたい気持ちを出してきました。

  • 二人の気持ちをおもんばかりながらも、私まで・・・

 Aさんの怒れてしまう気持ちを察しながら、立ち直れるようにと試みている最中にも関わらず、私の中に《ちょっと勘弁してよ》と相反する気持ちが湧き上がっていました。Aさんに怒鳴られた後のBさんの表情を見て《別にBさんが悪い訳でもないのになぁ…》と思い、Aさんの方に憤りを感じている自分がいました。そんな思いから「大きな声を出したからノドが痛いんだね」「別にそんなに怒ることでもないのに…」と口が滑っていました。
 Aさんは少し考えるように動きが止まり、「フン、いいですよ。♯$%&*!?」と噛み合わなかった怒りをぶつけるかの様でした。その後は、私の表情を窺うように、いつもの「足痛い、初村さん」と関わりを求めてきます。私自身、すぐには気持ちが切り替えられず、作業所に着くまでAさんの方が私の機嫌を伺う感じでした。反省です。

  • 一緒に歩んでいる

 私は40代、キャリア10余年、主任の立場、自分のあるべき姿を省みながら努力しているが、うまくいったり、いかなかったり、失礼をしたり等の日々である。利用者の生地に飛び込んでいく関係だけに、こちらの度量も試される。支援の世界も「負けて覚える相撲かな」であり、利用者に稽古をつけてもらいながら地力を養っていくことなのだと感じています。
 それでも総じてみれば、AさんもBさんの出会いも凸凹しながらも、なんとか気持ちがつながって、「言い過ぎた」「いいえ、私こそ」と互いの気持ちを分かり合い、出直す感触になっている。ぶつかり稽古のような日々ですが支援の感覚を心技体で身に着けている時期とも受け止めています。

バード・ウォッチングNO.57 ライフステージから暮らし方を考える

R2.1.21 理事 村瀬

年明け早々、ケーススタディに参加した。Aさんは50代、女性、愛の手帳4度、若いころ短期間だがお勤めをした経験もあり、大変だったとのこと。また持病を持ち、折々に心配を口にされる方である。

  • 暮らしにくさの背景を考える

 言語性があり、周りへの関心も高く、折々に仲間を批判的に見ることでトラブルとなり、調整の難しさを感じることも。振り返ると、Aさんも周りから求められることに応えきれないながらも努力してきた。でも今周りを見ると「こうしなさい」と求められてきたことをできていない仲間がいる。自分が言われてきたことを取り込んで、同じようにその仲間に言っているだけで、本人に悪気は全くない。人は育てられたように育つ姿である。
4度の分かる力やできる力がうまく使いこなせる状況ではなく、この力が穏やかな日常に直結していない。しかし「こうあるべき」と規範を示せば、「だって…」と反論を招く、「私は私たち」との気持ちを持つこと、周りの気持ちに気づけない生き辛さを抱えている姿といえる。

  • 気になる事柄の受け止め方は・・・

 仲間関係の生き辛さの背景要因を二次的な課題として位置付けたのだから、それを上塗りするような行動を問題視しての規制・修正する方針は取らない。
 児童期には、自己中心性をどう乗り越えるかが教育課題になる。これが過剰になると二次的な問題を生んでしまう、また理解という障害の壁も大きく立ちはだかる。ここは乗り越える課題というよりも、生き辛さと捉え、本人の困惑と受け止めてどう支援するかに力点が置かれる。
とはいえ、現実にはトラブルが間々生じることだから、いちいち指摘はせずに仲を取り持つ知恵を、気分転換、場の切り替えに発揮するように努力する。

  • 持ち味をどう位置付けるか

 一方で、持ち味として食事時の薬用のコップ配り、何人かのエプロン準備で発揮されている。また朝の体操や集まりなど挨拶リーダーや、お休みの方の代行や、盛り上げる合いの手をかけてくれたり、誕生会など折々の行事などでも折り紙でプレゼントを作ってくれたり・・・。こうした小さなことで十分なのだから仲間の役に立っている自分を感じられるように、そんな自分を嬉しく感じられるような展開を心がけていく。

  • ‟課題“の捉え方

 課題が独り歩きしないように、ライフステージとの関連で適切に把握するように、また課題と持ち味との絡みでとらえ直していかれるようにと議論された。持ち味をクローズアップすることで相対的に気になる事柄は影が薄くなる。これは知的障害支援の原則である。
さらに刺繍作業で針に糸が通しにくくなったとの言葉がしばしば聞かれるようになっている。50代にもなれば誰もが付き合う老眼、また肉親との別れもあり、少しずつ喪失の年齢に差し掛かり、服薬も多いことから加齢現象はこれから進むことを想定しながらでもある。この老化の波を受けながら手伝ってもらわざるを得ない自分を受け入れることになり、穏やかな仲間関係の追い風にしたい。50代になれば、まさにここに尽きる。

バード・ウォッチングNO.56 「クリスマス祝会 サンタの夕食めぐり」

R1.12.20 理事 村瀬

メリークリスマス!おめでとう!サンタさんがやってきました! 夕食のころ合いを見計らって各ユニットを訪問した。年中行事で、皆さんそろそろ感もあって和やかな時間となりました。

  • サンタさんとの出会い

 一ユニット5名の仲間、夕食のごちそうも大ぶりなクリスマスチキン2つ、シャキシャキ感のあるコールスローサラダ、スープ、ごはん。これらを目の前にして早速いただきますの方も。サンタさんからは飲み物のプレゼント、クリスマスカラーの赤と緑のキャップでシャンパンを模した炭酸系。どなたを一番にしたものか、と迷いながらもお一人ずつ握手をして手渡ししながら、皆さんも「赤」「こっち」とサッと選び、手に取っていく。苦手な方には配慮した飲み物があって一安心でした。
折角なのでお祝い写真を撮ることに。ソファに集まってと折り合えたユニット、ご飯を食べ始めたところでは写真よりごはんが当然、優先であり食席から動けない方も。ならば動ける方が寄り合うことで。普段の食事と違う動きが入り、多少戸惑われた方も、双方の折り合いがきっと和やかな一枚に収まっていることでしょう。

 5人ほどのユニット、緩やかなつながりのもと一つのテーブルを囲む食事、時に相性からの配慮が求められるが自ずと生まれる和やかさがある。いつもの顔ぶれ、いつもの時間、いつもの動き、収まりのいい場で収まりよく視野に入るリビングに安心感がある。
 比べてみれば、大きな集団にみられる雑多な刺激の多さ、通り抜けるような広さや自分の場から一部しか見えないおさまりの悪さ等々、広い場にはそれなりの課題と共に良さもあるはずだが、生活の場ではこの手ごろ感が大事になる。環境が生み出すもの、一日の締めくくりの時間でもあり部屋着のリラックスさも加わわって活気の中にもやはり日中とは違いゆるりとした雰囲気を感じる。
 食べっぷりの良い人、早い人、相変わらずなのだがそれでもこの場の印象は異なってくる。きっとご家族ならば家庭との違いも感じることなのでしょう。環境のもたらすものが大きいと言えます。

  • 思いは形になって

 誰もがいくつになっても楽しさはエネルギーの素だと実感しながら人生を歩んできたはず。いつの間にか、この仕事を自ら選び、目の前のお仲間たちを楽しませることを仕事の一部としている。いつもの暮らしは淡々とした過ごしを基本として、落ち着いたリズムを形づくる。その上で、月々の巡りに合わせてお楽しみが催される。こうした緩急や動静の組み合わせの中にリフレッシュの彩が反映され、生活の張りも、折り合う社会性も少しずつ確かなものへと定着させていくのでしょう。
 楽しくありたいとの思いが張りのある声に、Aさんも、Bさんもとの思いが個別の声掛けに、思いのぬくもりを伝えたいが握手やタッチに、思い出の1コマにできたらとの願いがそれぞれの写真に・・・。思いは形になるものですからもっと具体的な思いを描けたら、もっと素敵なクリスマスになるのでしょう。先輩から〝それには相手への関心が肝”であるとアドバイスをいただいた。

バード・ウォッチングN0.55 「伝えられなかった気持ち」

 R1.12.2 生活支援員 樽見理沙

 日々の出会いは、私にとっても本人にとっても思わぬ展開をするもの。ときに“どうしょう…”とその場の対処に気を取られてしまうことも。そんな折、失礼をしてしまったエピソードです。

 作業を終え、昼食の用意が出来るまでの間に新聞を読もうと2Fに降りたAさんと、自席でくつろいでいたBさんとで、トラブルがありました。

  • 「嫌われちゃった」

Aさんは、新聞を読みながら、いつもの癖で、テーブルを叩いて大きな音を立ててしまったようでした。その音に驚いたBさん、
「うわ~~~っ!!」
と、耳をふさぎ、大きな声を出して不安な気持ちを表現されました。当のAさんはBさんの大きな声に驚き、顔をこわばらせてBさんを見つめていました。すぐにAさんをさりげなく3Fに誘導し、お二人に距離を置いていただきました。落ち着けるようにとソファーにお連れすると、Aさんはとても悲しそうな顔で職員を見つめ、「Bさんに嫌われちゃった!」と。
胸が痛くなるような声と表情でした。‟Bさんを驚かせるつもりはぜんぜんなかったんだ、でも驚かせてしまった、嫌われちゃった、嫌わないで、どうしよう、ごめんね。”たくさんの気持ちが、その一言に込められているのが伝わってきました。「大丈夫だよ」と慰めつつ、とりあえずソファーでゆっくりしていただき、その場は収まりました。

  • 私の思い

私は、Aさんの気持ちをBさんにお伝えしたいと思ったのですが、すぐに伝えても、Bさんも今は気持ちが高ぶっているだろうし、タイミングを見計らってお伝えするのがいいかな…と思い、すぐにはお伝えしないことにしました。
少し時間をおいてBさんにお話ししよう、そう思っていたのに、ついうっかり忘れてしまい、結局私は「Aさんは、驚かせてしまったことをとても申し訳なく思っていらっしゃいました」ということをBさんにお伝えしないままでした。
 その後、二人の間にわだかまりが残った様子は無く、この出来事が尾を引くことはありませんでしたが、Aさんのお気持ちを、私はちゃんとBさんにお伝えしなければならなかった、と思います。もしかしたら、Bさんの方にもAさんにお伝えしたいことがあったかもしれません。

  • 私の仕事として

自分の気持ちを人にうまく伝えることは誰にとっても難しいことですが、それがより不得意で、お手伝いを必要としている方が利用者さんの中には多くいらっしゃるように思いますAさんのあの一言に込められていたたくさんの気持ち、ご本人からBさんにうまく伝えられなかった気持ちを感じたのだから、それを伝えるお手伝いをすることは、私がしっかりとするべき仕事だった、と反省しています。

バード・ウォッチングNO.54 「私の受け止め方」

R1.11.26 主任 土屋紗織

エピソードは生身の1回限りのものですから、下手をすると通り過ぎてしまいます。また思いがけない展開の一コマですから、普段使いの思いの中に“何が言いたいのだろ?”との関心を持っていることで私の心に留まるものがあるようです。

「そばにいることで」

  • 本当の気持ちは??

 日中活動では控え目で、発言も少ないAさん。心の面で何か抱えている時は態度にとても表れます。何かを求めてくるようにチラっとこちら見てきたり、今度はジーっと見つめてきたりと。何かあるのかと思い話しかけると、フンっとそっぽを向くのです。アメとムチではないですがこちらとしては、エー!と心の中で叫んでいます。

  • なにかは分からないけど、感じるから

何かあるけれどそれをどんな風に伝えたらよいのか難しいのでは?だけど気付いてほしい、さびしい気持ちを伝えたい、そんな風に感じられるのです。そんな時、そっとそばにいる。一緒に折り紙をする。塗り絵をしていたら、色鉛筆を削ってあげる。些細な事ですがAさんのこと見ているよというメッセージを送っています。その後、少し時間をおいて様子をみるとニコニコしているのです。お話することも大事なアプローチですが、ただそばにいるという事だけでも“あなたが大事”を注ぐきっかけになることをAさんを通して感じました。


 Bさんの自己紹介の場面に何度か立ち会っていますが、今回は思いもかけない心情が湧きおこりました。Bさんがこのような自己紹介するのは、両親への想いやお兄さんへの思い出が蘇ってくるからかもしれない、肉親の情がこの自己紹介を生み出しているのだ、と感じたところでした。このように受け止めるとBさんの淋しさと共に家族の思い出の強さも感じずにはいられませんでした。

「私の伝えたいこと」

  • いつもの自己紹介だけど

 実習の方を受け入れる際に、みんなで自己紹介タイムを設けています。そこでBさんの番がくると、「B千登勢といいます。千に登る勢いと書いて千登勢といいます。よろしくお願いします。」と必ず決まりごとのように話されています。実習の方からの良い名前ですねの言葉に満面の笑みで答えられています。そしてもう一つ「兄弟はいますか?私には亡くなってしまったけど兄がいます」と。

  • 両親の思い出に支えられているから

 ご両親がつけてくれた名前やお兄様のことを話されるBさん。淡々と話されているようですが、私にはなんだか寂しい気持ちを抱えているBさんを感じてしまうのです。ご家族を亡くした寂しさを抱えているけど、素敵な名前をつけてくれたご両親やお兄様との良い思い出は心の中にずっと生き続けている、私の支えになっているんだと、この自己紹介で伝えたいのかなと思います。これからBさんの支えの一部になれるよう、いつでもBさんの事を見守っていますね。

バード・ウォッチングNO.53 「バザーを通じて感じたこと」

R1.11.4 理事 村瀬

 《21°、晴れ間が広がる》との予想、天の応援の下に秋空のバザー、開催だ。
朝のひとひねり-秋晴れに誘いさそわれてバザーかな/さそわれてオレも行くかとサイフ持つ/青空にサイフゆるみお買いもの/買ったよ。おまけは?付いてくるのかな。

  • それぞれの出会いとして

 普段、折々の出会いはお母さんたちと、バザーにはお父さんたちの応援も結構得られる。職員も親御さんたちも名札をつけていただき、顔馴染みへのあいさつ、ちょっとした雑談、初顔合わせの新人職員は自己紹介のしやすさを生むきっかけづくりを演出している。私にとっても6人のお父さんと言葉を交わす時間をとることができた。間合いが取れず残念に思った方もいらしたが、次の機会にと心がけておきたい。

  • “一緒に”取り組むことから

 親の会、法人合同の実行委員会の下で進められる行事である。日ごろの母親ボラの手助けの下、法人がリサイクルショップを運営しているため、手慣れた商いの感じもするが、お祭りの彩を加えたバザーになっている。それにしても、お父さんたちの力と沢山のお母さんたちの総力戦で得難い行事になっている。
事前の準備、前日の下ごしらえ、当日朝一番の職員含めて男手でテント張り等の環境整備に始まり、手慣れた方から、さて、何から手をつけたら…の方まで、あっちこっちから飛んでくる声に応えて2時間、形が整ってきた。利用者出勤後は、一緒に売り子に立ったり、見学やら出し物やら掌握運営やら、ご家族、利用者、職員三者で持ち味を出し合いながらの一日であった。

  • 利用者のパフォーマンスもバザーの彩になって

 午後のお客様の足が落ち着くと利用者のパフォーマンスにご家族も特別出演、いつものお楽しみに特別な一味が加わって、一緒にやることの楽しさだ。細かな点で不首尾なことも有ったが、それ以上に和やかさが組み込まれることが大事なのだ。それが暮らしなのだと感じた。
 障害への特別ルールや身内や職員の子どもたちへの年齢配慮をしつつも、ゲームとして成り立つ枠組みは堅持することでシンプルなゲームの中にも共に暮らすベースが息づいていくのだろうと感じた。

  • 成績発表にとどまらず

 やっぱり気になること。小さなバザー、ほどほどの金額になり、うれしい事である。金額以上に“関係者が一体になって、一つ目標に向かって取り組むこと”の大事さを感じた。和やかな地域づくりに向けて感謝の一こまを演出できたことが何よりであった。ご家族にしても、職員にしてもなかなか思うに任せないことがあるのは当たり前のこと、隣り近所のことも、内々のことも互いに失礼をすることは人社会の常、でもこうした一緒の経験から互いの違いを違いとして感じ取り、また協力する土台が形づくられていくのだろうと思う。至らなさにお許しをいただきながら、チームを組んでゆこうと思えた秋晴れであった。

  • 片づけに入ると

 手元に残った商品は細々と袋に仕分けして歳末のリサイクルショップに、お母さんたちの大仕事だ。大物は車に積んで、またチームを組んで手運びで、男性の仕事だ。軽いものは手待ちの方々で事業所に片づけて…。暮れる前に片付けが済んでホッとする疲れである。最後に見渡すと、お借りしたスペースが前よりすがすがしくなっていた。お母さんたちの心遣いだ。事業所から50mほどのこの地は街づくりに伴う換地とのこと、今しばらくお借りできることを祈りながらである。

  • 振り返り、これからを思う

 かつて活動を担ってくださった方が応援に顔を見せて下さった。親の会30年、法人15年の歴史は世代交代の波が押し寄せている。先輩筋が頑張ってくださっている姿に加えて、若いご家族の力も見られる。親の力、大人の力、社会の波をかぶりながらも、踏ん張る土壌がある親の会の力を確信している。