バードウォッチング No.107

2025.3.11
日野青い鳥福祉会

 青い鳥には常勤・非常勤合わせて15人余の生活支援員がお勤めくださっています。年5回の家族会の折々にエピソードをまとめていただき利用者ご家族、職員間で現場を振り返る手立てとしています。その前文に当たります。関心をお持ちの方には本文を送ります。お申し出ください。

☆自分の関わりを振り返る

 「自分を語る」-生活支援員として自らを振り返り、力を注いできたこと、気づかされ学びにつなげてきたこと、などを素材にする機会としました。どの職域も一人前への道のりは山谷があり、失礼したり、自分に言い聞かせたり、関係者から指摘されたり、至らなさを感じながらの道行きなのでしょう。俗に「場数がモノを言う」生活支援の現場ではなおさらのことでしょう。ご苦労に感謝です。

 世間では「知的障害がある」=「劣っている」とみなす社会の見方が指摘されます。生活支援を担う職員も同じ社会の中で育ってきているため、その差別的な見方が少なからず宿っているはず。制度が整ってきているとは言え、制度は上手に活用するもの、制度が人を育てるものではない、人を育てるものは人であることも確認しておきます。その自分の弱さを意識して、失礼のないように努める日々です。その過程がエピソードとなり、その先に障害観や生活支援観を塗り替える一里塚ができたらと願っています。

☆生活支援とは-関係からエネルギーを生みだす

 人は人社会の中でよりよく生きる存在で、成熟をベースに段階的に未来志向の歩みをとります。支援者の働きかけは「利用者に満足感」を生む、と同時に働きかけた支援者も「人の役に立った」手応えの相互関係にある。ここに双方によりよく生きるエネルギーが生まれる、と捉えています。

 最初の一歩は、職員の「大丈夫?/いいねぇ!」と受け入れる能動性にあります。とはいえ、生活支援は「人の生きる姿はすべて自己表現」と受け止める姿勢を根源に据えていますから、「私」に「何を、どうすればよいのか」模索する姿勢を求めてきます。障害が重くて言葉がなくても表情や振る舞いで「いや!」「いいよ!」「分からない!」等を表現しています。この気持ちを読み取る姿勢は、いつの間にか “私の心配り” を育てるものになっているはずです。関係とは一方通行ではなく、循環の中で「求められる―育てられる」関係だと言えます。その基礎を「あいうえおの実践」として位置付け、取り組んでいるのです。

福祉とは実践です。自己満足ではなく、自己肯定感へのさらなる一歩を求める継続です。この生活支援の枠組みで関わり、学び、反省し、さらに踏み出す各自の心意気を整理する機会にと思います。

☆家庭生活の目標との共通性

 家庭生活の目標をどこにおいているのでしょう。それぞれの家庭の独自性があって当然の事柄でもあります。それでも青壮年期の今描くことは、親の言うことを聞くことではなく、できる力や分かる力の可能性を追求することでもないでしょう。

 人は自分が尊重されること、「これでいい」と自ら納得できる姿を望んでいると言われます。以前、ピアカウンセラー(母親)の方が語っていたこと「自分の持ち味を発揮するところに充実感があると思います」、また「〈安心の基地〉が最優先だ」と、「いろいろ生きづらさはあっても日々の充実感を」と。この話を聞いた折、改めて生活支援は家族と支援員との共通のテーマであることを感じ、歩みを共にする理解が大事だと感じさせられました。