笠原 駒子
☆一般病棟に移って
出産の翌日(だったか翌々日だったか)MFICUを出て一般の病棟に移りました。産科病棟の一番奥、2人部屋でした。
たぶん、正期産のお母さんたちと出会う機会が少なくて済むよう配慮されていたのだと思います。一緒の部屋になった方も、早産になった方でした。
ずっとカーテンを閉じておられ、最後までお話することなく終わってしまったのですが、どうも私とほぼ同じ、32週での出産だったようです。ご両親がいらしているとき、ご主人がいらしているときは、明るくお元気でしたが、一度だけ、看護師さんに泣きながら不安な気持ちを打ち明けておられました。
「小さく産んでしまってごめんね、そのせいで今後赤ちゃんに何かあったらどうしようって、すごく不安なんです」
というようなことをおっしゃっていました。
聞きながら、私もこっそり泣いていました。私もおんなじ気持ちです、そう思いながら、聞いていました。
何度か、話しかけようかと思いましたが、同じくらいの週数での出産でも、うちの子とは状態が違うかもしれない、そう考えると、話しかけることができませんでした。
☆母親としての心配と寂しさ
一人病院のベッドの上で、いつまでもいつまでも「早産 障害 確率」などとスマホで検索していました。呼吸障害、高ビリルビン血症(息子はかなり早い段階で強い黄疸が出て光線療法を受けており、不安でした)、未熟児網膜症、知的障害、発達障害…。もっと小さく小さく生まれても元気に育つ子もいるし、正期産でも障害を持って生まれてくる子もいる、これからどう育っていくかなんて誰にも分らないのだから、調べたって仕方ない。そうは思っても、不安な気持ちを抑えることができなくて、いつまでもいつまでも検索していました。同室だった彼女も、もしかしたら、カーテンの向こうで、同じことをしていたかもしれません。
体重測定のために病室を出ると、そこにはたくさんのお母さんたちがいて、おしゃべりしながら体重測定の列に並んでいました。このお母さんたちは、赤ちゃんと同室で過ごしているのかな。お乳をあげたりお世話したりしているのかな。まだ抱っこすらできていないNICUの保育器の中にいる我が子を思い、少し、寂しくなりました。
★同じような早産の方と相部屋に。デリケートな心境を気遣かって、とは言えども、なかなか打ち解ける心情になり切れず、でもでも共感的な心境に自然となっていく。こうした心痛さが人の襞を深くするのかも、と感じたり・・・。
赤子の一日一日の安心感を得られるまでは心配で、その気がかりはスマホ検索に吸い込まれていった由。一方で、隣を見ると安心感はおしゃべりに、横で眠る我が子を見詰める間合いになる。時間の使い方は心情の表れなのですね。