バードウォッチング No.110 でこぼこみち⑥

笠原 駒子

☆巡り合わせの不思議

 私には、とても大切な友達が3人います。大学時代の友達です。

 彼女たちと過ごした4年間は、ものすごく「青春」でした。彼女たちを大切に思う気持ちは、歳を重ねるに伴い思い出深くつながっています。

 そんな3人の友達の一人が、何と、私とまったく同じ日に出産しました。さらに、その日はもう一人の友人の誕生日でもありました。

「5月出産のはずだったのに、昨日産まれちゃったの」

と報告すると、

「え~~! 私も昨日出産したの!!」

「○○〇の誕生日だよ~!?」

「すごいね! びっくり!」

 彼女は、赤ちゃんは何の問題もなく生まれたのですが、彼女自身の身体に問題が起こり(確か、癒着胎盤、と言っていた気がします)出産後、彼女だけが大きな病院に運ばれ、入院し治療を受けているところでした。出産って、終わるまで何があるかわからないし、本当に命がけのことだな…と思いました。

☆比較してしまう自分-どうしてと葛藤する心

 彼女の身体も無事に回復し、私の息子が退院し1週間ほどたったころ、彼女が赤ちゃんを連れて遊びに来てくれました。大切な友人が産んだ、我が子と同じ年月日に誕生した、とってもかわいい女の子。会えて本当にうれしかったのですが、息子との差に、私は少しショックを受けてしまいました。体重はおそらく息子の倍以上。目が合うことがほとんど無い我が子と違って、母親を目で追い、求めている。母親と目が合い、あやされると、うれしそうにニコニコする。

 赤ちゃんの成長には個人差があるのだし、ましてや息子は、本当なら、まだお腹にいるはずだったのだ。心配しすぎるのは私の悪い癖。そう自分に言い聞かせましたが、不安なような、寂しいような、心配なような、何とも表現しがたい感情を消すことが、なかなかできそうにありませんでした。

★不思議な巡り合わせ、大学以来の親友のお子さんと同じ年月日に生まれた我が子。正期産と早産の差、身体の大きさだけでなく、親を求める関係の違いに驚かされる。その不安は栗のいがに触れられないような、手をかけたくてもかけられないような・・・。

 大きいことはいいこと、できることはいいこと、この類の成長視点に頼り切った見方が浸透している社会では、子の育てにくさなのか、親の生きづらさなのか、いずれも母親としての心情は出会いに左右され・・・。

 とはいえ、赤子の温もり、穏やかな寝顔、満たされた笑顔、おむつ替えの気持よさ等々、和やかなひとときの快をもらっている。すると〈揺れる心情〉の揺れ具合は、極々素朴な親の思いなのであろう・・・。