笠原 駒子
☆人見知りをしない我が子・・・
未熟児で産まれ、しかも3月生まれの息子は、同じ1歳児クラスの子どもたちと比べると、ほんとうに「赤ちゃん」でした。まわりには元気に走り回り、もう言葉でコミュニケーションがとれる子が複数いる中、息子は歩き出す気配もなく、いくつかの単語がようやく出てきた、というところでした。
人見知りも無くて、ほかの子たちが預けられるのを嫌がって大泣きする中、息子は、抱っこする手が母から保育士さんに変わったことにも気づかない様子で、のほほんとしていました。大泣きされたらそれはそれで、小さな我が子を預ける辛さをより強く感じたと思いますが、この子は私がお母さんだってあんまりよくわかっていないのかな、と、また、ちょっと寂しい気持ちになったのを覚えています。
☆未熟児―障害の心配・・・
未熟児で生まれた息子に何か障害が残るのではということは、ほのかな心配ごととして頭の片隅にはいつもありました。でも、産休、育休中に散々障害について調べて、結局、
「育ってみなければわからない」
ということがわかったし、まわりとくらべることをせずこの子の日々の成長をただ喜ぼう、と思えるようになっていました。そもそも3月生まれなんだから、4月生まれの子と差が大きいのは当たり前のことだというのも、心配性の私が息子の発達についてあまり気にしすぎないでいられた一つの要因だったと思います。
☆一年半、ようやく・・・
1歳4ヶ月で歩き始めると、ようやく睡眠のリズムが少しずつ整ってきて、数時間はまとまって眠ってくれるようになり、授乳をしても、ゆらゆら抱っこをしても、何をしても泣き止まない…という激しい夜泣きがだんだん減っていきました。3~4時間続けて眠ってくれる、夜中に起きることはあっても長くはかからず再度寝てくれる。すごく楽になったように感じて、出産してから約一年半、ようやく少しほっとした気持ちになれたように思いました。
★発達の節目としての「人見知り」―誰しもがその時を迎え、多少のでこぼこがあっても乗り越えてゆくものと思いつつも・・・。人見知りがないことの淋しさも、さらに障害への心配も・・・。
「育ってみなければわからない」名言です。比べることをせずこの子の成長を喜んでいく、3月生まれの当たり前を受け止めて・・・。よくぞ腹が決まりました。1年余の頑張りが一つの節目になって、と言えそうです。この節目に辿り着いた思いが、次の節目へのエネルギーになっていくのだろうと感じもしました。子育ては続くものですから。